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第一話 「ブレインストーミングは、いつ始まったのか?」
2005年7月8日
出口 光
ブレインストーミングという方法がいつできたのか?
私は、中国の古代王朝にその源泉があると思っている。商人という言葉がある。この語源をさかのぼると、中国の歴史上最も古い王朝「商」に行き当たる。この最後の都が「殷」なのだ。「周」は、この殷を滅ぼした。さらに、二度と結束させないように、殷の人たちを各地に分散させたのだ。
殷の人たちは、法事や親戚の集まりなど特別の機会に、その時だけ各地から集まった。その時間は極めて貴重であり、多くの情報交換が行われた。さまざまな地域に住んでいると当然、経験、物の値段や特産品も違う。それらの情報を持ち合い議論することで、良いアイデアが生まれ、商いが行われるようになった。だからビジネスを商いと言い、それに携わる人たちは、商人と呼ばれるようになった。
この貴重なミーテイングは、どのような環境下で行われたのだろうか?
私は、4つの注目すべき点があったと考えている。ひとつは、滅ぼされた同じ殷の出身で、殷の国を想う共通の気持ちがあり、お互いが生き延び成功するために助け合うことが極めて重要であった。2つめは、別々の地域に住み異なる経験と情報を持っていた。3つめは、会う時間が限られ一期一会で真剣であったということだ。最後は、短い時間であったために、極めて否定の会話が少なく、
自然にどうすればお互いに貢献できるかに絞った積極的な会話をしていた。
これはもちろん、推測であるが、このような環境が創られていたことは、想像に難くない。つまり、最高の条件下でブレインストーミングが行われ、 その結果として商売が生まれたのではないか。
いくつかの研究では、ブレインストーミングで結果を出すのは、容易ではないことが報告されている。それは、ブレインストーミング自体が問題なのでは無く、ブレインストーミングを行うために、最適な環境を整えることは、極めて難しいことを意味しているのだ。
孔子や墨子もそれぞれ主張は異なるが、「殷」の末裔の人たちだ。このような人たちが育った環境は、戦いに敗れ各地に民族が分散させられたことと無縁であるはずが無い。 殷の人たちが、限られた逢瀬の時間の中で、ブレインストーミングの環境を創るための 4つの要素があったと想像するに難くない。世界の富を握り、優秀な人材を輩出している流浪の民、ユダヤ人にもこの条件は共通しているかもしれない。
ブレインストーミングは、複数の普通の人たちが、一人の天才を超えるアイデアを生み出す可能性を持っている。それは、一定の要件が揃った環境下でのブレインストーミングにある。ブレインストーミングで結果を出そうという人たちには、「殷」の国の人たちの置かれた環境に想いを馳せることは、単なる歴史の教訓ではない。同じ熱い想いを共有して、新たな気持ちでブレインストーミングの場を創れるかどうかを、常に殷の人達に問われているような気がするのだ。
つづく・・・
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